2014年8月7日木曜日

「 曖昧な世論・憲法って権力を縛る為にあるのー? 」

「 曖昧な世論・憲法って権力を縛る為にあるのー? 」  2014・7・30 ( 国家の根幹を議論せよ )           石坂 哲朗 私は折に触れ話していることであるが「 憲法 」とは、何であるのか? これは「 国家の基本原理原則を定めた法規範 」である。 つまり「 国家のあり方の根本 」を決定しているものと言ってよいであろう。 これを、国民が曲解する事を想定してか、我が国のあり方を根本から変革したいと思っている、或いは「 天皇 」の御存在を忌々しく考える政治家や学者先生・評論家の方々は口を揃えてこう叫ぶ。 「 憲法は国家権力を縛る為にある 」 私が考えるに、この言葉は、上記した作意が前面に出ていて「 見当違いである 」と言わざるを得ない。 ( 新聞テレビでも福島みずほ達も みーんな言ってるのにー? ) そもそも「 権力 」がその様に忌み嫌われる物であれば始めから持たせなければ良い。 又は権限を縮小すれば良いだけの話である。 我が国は明治開国以来からの民主主義国家である、国民の力で如何様にも出来るはずだ。 ( 力が無ければ国家を運営できませんよー ) 国家のあり方と言うものを国民の総意により整備し、それを規範として国家全体が動いて行く最も重要なもので、その規範に背く事は出来ない。 つまり裏を返せば国家執行部はこの規範・国家の方針に則り国家を運営して行かねばならないと、こう言う事なのである。 つまり「 憲法の心によって国家権力の方向性は導き出される 」と言うことに成る。 ( 決めた方針に則りましょーってことね ) ややこしい説明になってしまったがいわゆる「 優先順位 」から考えてみると副産物的な極めて逆説的に片寄る言葉であると言う事だ。 そして何をおいても最も大切なこの「 国家のあり方 」の議論が、残念ながら我が国は欠落してしまっているように思えて仕方が無い。 ( その憲法の一番大切な心ってなーに? ) 「 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」 憲法前文の、誰もが知っているこの文章。 つまり これにより、その他の条文など、ほとんど吹き飛んでしまう程の重さがここにある・・・ これが悲しい「 我が国のあり方・指針 」なのである。 ( 国民主権も基本的人権も無くなっちゃうのー? ) このような国家であるから、様々なことがしっくり行かない。 主権を侵害されても「 近隣諸国に委ねている国家 」なのである。 当然 主権を守ろうとすると「 憲法違反 」の声が沸きあがってしまうという訳だ。 この「 国家のあり方 」 これで良いのか・国家としての主権を維持して行く気概が国民に果たしてあるのか無いのか。 この議論の積み上げが現在の我が国にとって最も大切ではないであろうか? ここをきっちり定めてから次に着手すべきだ。 根本が決まれば自ずと全てが流れる様に清く整うと思う。 まやかしの 心無き政治家の言葉に踊らされてはいけない。 特定亜細亜を持ち上げることは 「 大人の対応 」でもなければ 「 平和を望む理性ある政治家 」 まして 「 邦人の人権派 」 などでもない。 そこには 「 多くの利権が落ちている 」・・・ そして 「 金の匂いがする 」・・・・ ただそれだけのことなのである・・ただそれだけの・・・・ ( いしざか てつろー ) 国家の主権は大切と思う人 リクエストしてねー

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