2013年12月26日木曜日
●皇(すめらぎ)
●皇(すめらぎ)
◆すべ 【皇】
(接頭)
「すめ」に同じ。
「―神」
★★★★★
・すべら 【皇】
(接頭)
「すめら(皇)」に同じ。
★★★★★
・すべろぎ 【皇】
⇒すめろぎ(天皇)
★★★★★
・すめ 【皇】
(接頭)
名詞に付いて、それが神・天皇に関係あることを表し、敬意をこめてほめたたえる気持ちを表す。すべ。
「―がみ」「―みま」「―おおみかみ」
★★★★★
・すめら 【皇】
(接頭)
天皇に関する事柄を表す語に付いて、敬意をこめてほめたたえる意を表す。すべら。
「―みこと」「―みくさ」
◆すめら 【皇】世界宗教用語大事典
日本で、神や天皇に関することに冠していう語。皇御国、皇尊、皇御軍。天皇をスメラギとかスメロギとも読む。
◆姓 読み方
皇 すめらぎ
◆皇
出典:『Wiktionary』
発音
音読み
呉音 : オウ(ワゥ 「天皇」の「ノウ」は「オウ」の連声)
漢音 : コウ(クヮゥ)
訓読み
常用漢字表内
-
常用漢字表外
おお、み、おうじ、かみ、きみ、すめらぎ
名詞
(すべろぎ) 天皇。皇統。
接頭辞
(すべ、すめ) 名詞に付いて、それが神や天皇に関係あることを表し、敬意をこめてほめたたえる気持ちを表す。
(すべら、すめら) 天皇に関する事柄を表す語に付いて、敬意をこめてほめたたえる意味を表す。
◆すめらぎ http://p.tl/jRWI
・皇、天皇。
◆天皇(てんのう)http://p.tl/alat
歴史的には日本の君主であり、日本国憲法においては日本の象徴及び日本国民統合の象徴とされる。
現在の在位者(今上天皇)は明仁。
◆今上天皇(きんじょうてんのう)http://p.tl/7pRc
現に在位する天皇を示す呼称である。
・今上天皇の呼称について
今上は漢語であり、『史記』秦始皇本紀に「今上知天下、」云々とある。「聖上」と同じように、現在の帝(みかど)を意味する語である。当今(とうぎん)ともいう。「いまのうへ」というやまとことばを漢字で書いて今上としたとの説は、「からごころ」を排除する国学の影響によるものとされる。
日本や唐以前の中国では、敬意を示すものについてはっきりした言い方を持たない文化があり、当代の天皇の呼称もあまり発達しなかった。しかし、大正天皇や昭和天皇と並べて表記したい場合に、「今上」もしくは「今上陛下」では言葉のすわりがよくないことと、「今上天皇」と表記すると語感から客観的な表現に感じられるため、中立を求められる表現の中で使用される頻度が高くなってきた。また皇后美智子も「今上陛下」と公の場では呼んでいる。
天皇の敬称は、諸外国の国王・女王などと同様に「陛下」が使われている(皇室典範で規定)が、今上天皇陛下とは言わず、今上陛下、天皇陛下もしくは陛下、聖上、主上と呼ばれる。また、古い表現だと帝(みかど)、天子様と呼ばれる。
また、明治天皇、大正天皇、昭和天皇などの呼称は、それ自体に敬意が込められた追号であるため、昭和天皇陛下とも言わない(口頭では「昭和の天皇陛下」という言い方をすることがあるが、この場合の昭和は「昭和時代」の意であると解される。ただ皇后美智子は義父にあたる昭和天皇を「先帝陛下」と公の場では呼んでいる他、「○○(元号)の天皇陛下」や明治天皇には「明治大帝陛下」や「大帝陛下」などの使われ方がある)。
・現在での用例
政府などの公的機関および主要メディアなどでは皇室典範に定められる敬称「陛下」を入れて「天皇陛下」と呼称することが一般的である。一方、天皇制廃止論に立つ者、基本的に敬称を避ける傾向にある学術的な世界などにおいては「天皇」と呼び捨てるか、あるいは実名を直接呼ぶことも多いが[1]、当代の天皇を特定する場合には「今上」、「当今」と呼び捨てることもある。なお、一般市民が公でない場で「天皇」と呼び捨てることもあるが、それが必ずしも「天皇制」に批判的である、ということを示すものではない。
また、英語圏では「The emperor …」と呼ばれることから「名前+天皇」の用例がある(例『ラストエンペラー』での「裕仁天皇」)。国内でも同様の用例は見られるが、前述の通り名指しは天皇に特別な敬意を示さない意思表示として受け取られる場合も多い。
・「○○(元号)天皇」という呼称について
一部の出版物などにおいて、存命中の天皇に対して「○○(元号)天皇」などという称号を用いる事例が散見される。これは敬称を用いない三人称としての用法で、戦後昭和期にて、一部の出版物で昭和天皇を「今上天皇」と表現せず、既に「昭和天皇」と表記していた事が始まりとされる。
しかし、明治天皇・大正天皇・昭和天皇の3代の「○○(元号)天皇」という呼称は、その天皇の崩御後に贈られる諡号であり、存命中の天皇に対する呼称としては誤りとされる。諡号ならびに追号は天皇が崩御した後に贈られる称号であり、制度上必ずしも元号が追号になるわけではなく、明治以降諡号が元号と同一であるのは先の3代の天皇のみの事情であり、慣例にとどまっている。皇室典範などの法令に於いては諡号ならびに追号に関しての規定はない。例えば今上天皇崩後に「平成天皇」という諡号が贈られることが確定している訳ではない。
なお、「○○(元号)天皇」という呼称自体の使用を崩御後に限定し、存命中の使用を禁じている法令は存在しないが、元号を用いた諡号はあくまでも不確定であるため、存命中の使用は不正確である。
◆大行天皇(たいこうてんのう)http://p.tl/-k4q
天皇が崩御(死去)した後、追号が贈られるまでの呼称。 平成25年現在、該当する天皇は存在しない。
大行は「大いなる行い」を意味し、ここでは死去した天皇への顕彰を表す語として用いられている。また、「逝きて帰らぬ天皇」の意味があるともいわれている。
明治時代に一世一元の詔により定められ、昭和時代に元号法によって法定された一世一元の制に基づけば、天皇在位中の元号をもって追号とされることが通例である。ただ、追号が贈られるのは大喪の礼に先立って行われる追号奉告の儀を執り行ってからである。そのため、『大行天皇』の称号は、追号奉告の儀以前の段階に於いて用いられる。使用例としては、崩御した前天皇の名を官報に掲載する場合や、新天皇の御誄(おんるい、弔辞)などがある。
各宗教団体の機関紙などでは「大行天皇の追悼法要営まれる」などと掲載されている。例えば、仏教教団において位牌をたてる場合などには、追号が贈られるまでは白木や紙で仮の位牌を立てたりして法要を営む場合もある。
・御誄中の使用例
殯宮移御後一日祭の儀
1989年(平成元年)1月20日
明仁謹んで
御父大行天皇の御霊に申し上げます。
崩御あそばされた後も、優しく厳かなお姿はまなかいに甦り、慈しみ深いお声は心耳に響いて、ひとときも忘れることができません。
幽明を隔てて、哀慕の情はいよいよ切なるものがあります。
ここに、正殿を以って殯宮に充て、霊柩をお遷しして、心からお祭り申し上げます。
追号奉告の儀
1989年(平成元年)1月31日
明仁謹んで
御父大行天皇の御霊に申し上げます。
大行天皇には、御即位にあたり、国民の安寧と世界の平和を祈念されて昭和と改元され、爾来、皇位におわしますこと六十有余年、ひたすらその実現に御心をお尽くしになりました。
ここに、追号して昭和天皇と申し上げます。
◆崩御(ほうぎょ)http://p.tl/cseR
天皇、皇帝、国王、太皇太后、皇太后、皇后、その他君主等の死去を表す敬語。死因については特に問わない。
・解説
元々は中国起源の語であり、『礼記』曲礼篇に「天子の死は崩(ほう)と曰(い)ひ、諸侯は薨(こう)と曰ひ、大夫(たいふ)は卒(そつ)と曰ひ、士は不禄(ふろく)と曰ひ、庶人は死と曰ふ」とある。新聞記事等では日本国外の君主の死去にも使うことがあった。
日本の新聞では、一例として香淳皇后死去の際に「逝去」としたものと「崩御」としたものがあったように、天皇以外には崩御の語を用いない場合もある。
天皇の崩御に際しては、国の行事として「大喪の礼」が営まれる。天皇の崩御から追号が決められるまでの期間の天皇については、「大行天皇」と呼ばれる。
またお隠れになるとも表現する。この表現が天皇についてのみ用いられる理由としては、以下の2説がある(これに限らないかもしれないが未詳)。
・日本神話において天皇は神の末裔であり、一般の人間とは異なる存在という思想背景があったためと解釈する説
・天皇が太陽神の子孫であるという思想、即ち「天皇の死去=太陽が雲に隠れる」から来ている
「雲隠れ」についても、現在では単に姿をくらますという意味合いで用いられるが、元々は2番目の説に由来する語である。
また、先帝祭は先帝崩御日に毎年斎行される大祭のことである。
なお、前述の語義から、「崩御」と称することは、「その人物が正統な天皇・皇帝であると認めた」こととなるので注意が必要である。陳寿の『三国志』では、三国時代に存在した魏・蜀・呉のうち魏を正統としているため、魏の君主のみに「崩」の語を用いている。劉備、劉禅といった蜀の君主については「崩」に準じる「殂」の表現を用い、呉の君主には諸侯に封じられた魏の高官と同等の「薨」を用いている。 「殂」(そ)は「ゆく」の義で、死の忌み言葉であり、現代日本語の「逝去」とほぼ同義、崩とも縁語である(藤堂明保『漢和大字典』の説)。この事から、陳寿は『三国志』において、蜀の君主を皇帝として扱っているといるとされている(趙翼『廿二史箚記』等の説。ちなみに、陳寿は蜀の出身である)。中国文学者の高島俊男は、陳寿の呉の君主に対する「薨」という表記を、「(魏・蜀の2国を皇帝と認め、呉だけを諸侯並みとしてしまう歴史記述は)歴史家として不公平である」と批判している。
・その他の皇族・高位の者など
律令制下においては、貴人の死を指し、「崩御」の他、皇太子や大臣などの死を意味する「薨御(こうぎょ)」、親王や三位以上の死を意味する「薨去(こうきょ)」、王や女王、四位・五位以上の死を意味する「卒去(しゅっきょ、そっきょ)」などの尊敬語が用いられた。死に関する敬語としては他にも「殂落」や「逝去」などがある。「殂落」(そらく)は崩御と同義の語だが今日ほとんど使われない。「逝去」も本来は崩御や薨去に近い表現だが、戦後これが人を敬ってその死をいう語として広く一般に普及し定着したことから、今日の報道では皇族の死に対しても便宜上この逝去を使用している。単に死の概念のみを表す「死去」は使われない。
・薨御(こうぎょ)
皇太子や大臣の死については、「薨御(こうぎょ)」の語を用いる。
・薨去(こうきょ)
皇族の内の皇太子妃や親王・親王妃や内親王、或いは、位階が三位(正三位・従三位)以上の者の死については、「薨去(こうきょ)」の語を用い、外国の皇太子等元首に近い者の死についても同様の表記を用いる場合がある。
1945年(昭和20年)の朝日新聞では、アドルフ・ヒトラーの訃報に「ヒ総統薨去」の見出しを用いた(共和国の元首であるため「天皇や皇帝に次ぐ」と見なしたと思われる)。最近の例では、2011年(平成23年)10月22日に出た外務省のリリースにおいて「スルタン・サウジアラビア王国皇太子薨去に際しての弔意メッセージ」として、外務大臣の玄葉光一郎が薨去の語を用いている。現在の日本マスコミ上では、内閣総理大臣の経験者であっても、まず「薨去」と表記しない。
2000年代以降の日本の皇室の事例では、2002年の憲仁親王薨去の際には、報道で「薨去」が用いられたことは多いが、2004年の宣仁親王妃喜久子、2012年の寛仁親王の薨去の折には、「逝去」と報道した機関が多く、報道の仕方には変化がみられる(先立つ2000年に崩御した香淳皇后の際にも、「崩御」とせず「ご逝去」と報じたマスコミが多くみられた)。
・卒去(そっきょ、しゅっきょ)
皇族の内の王や女王、或いは、位階が四位(正四位・従四位)・五位(正五位・従五位)以上の者の死については、「卒去(そっきょ、しゅっきょ)」の語を用いる。
◆皇帝 http://p.tl/oVnT(こうてい、ラテン語: Imperator, 英語: emperor, ドイツ語: Kaiser, ギリシア語: Βασιλευς, ロシア語: император, トルコ語: İmparator)
君主の称号(君主号)の一種であり、伝統的には、標準的な君主号である「王」よりも上位のものとして観念される。女性の場合、女帝、女皇などと言うこともある。
皇帝の正妻は皇后や皇妃という。
現在、Emperor(皇帝)の称号を持つのは日本の天皇のみである。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿