2012年9月19日水曜日

●駄洒落(だじゃれ)とは  my日本から転載  プラス 

●駄洒落(だじゃれ)とは  my日本から転載  プラス 

駄洒落(だじゃれ)http://p.tl/5P-R
同じあるいは非常に似通った音を持つ言葉をかけて遊ぶ一種の言葉遊び。雑俳の一つとしての「洒落」は言葉の一部分を母音とイントネーションが同じ語、母音が同じ語、同音異義語などを当てはめるものである。例「蝶々一本さらしに巻いて(包丁一本サラシに巻いて)」。言葉遊びの「洒落」は知識と教養を示す気の利いたものであったが、これに価値を認めることのないカウンターカルチャーからの揶揄を込めて「駄」の文字を冠した。洒落の文化が失われるにつれ、それを文化として持たない若者からはおやじギャグと称されるようにもなる。古くは地口とも。

判りやすい遊びの一種であるため、語彙が増えだす小学生などの低年齢の人がこれを用いてコミュニケーションの円滑化をはかることがある一方で、大人が条件反射的に特に若い世代に対して用いると逆にコミュニケーションの円滑化を損ねることになる場合もある。
Wikipediaより

http://www.dajarenavi.net/
のページに詳しく載っている。

■現在の日本において、
  「ダジャレ」はオヤジの寒いギャグ
  とみなされていますが、
  本来は、日本古来の素晴らしき「言葉遊び」文化です。
  掛詞(かけことば)として、
  多くの和歌や俳句・川柳などで用いられてきました。

■落語や漫才の「オチ」においても、
  「ダジャレ」は重要な役割を果たします。

  落語家が得意とする、
  「なぞかけ」 (~と掛けて、~と解く、その心は~)
  は、まさにダジャレそのものです。
  最近、なぞかけ芸人の出現で、
  その面白さ、魅力が再注目されています。
  
■日々の生活においても、
  ダジャレを耳(目)にしない日はありません。

  テレビCMや新聞広告における
  キャッチコピー、
  商品名・サービス名
  において、
  ダジャレを採用しているものは数え切れないほどあります。

  語呂合わせも一種のダジャレです。


■また、現代の日常生活で使われるダジャレは
  その場を和ませようという趣旨において、
  欧米の「ジョーク」「ウィット」と相通じるところがあります。

  もちろん、それらと笑いの性質は若干異なりますが、
  相手を笑わせようとするサービス精神は世界共通です。

  ダジャレは、一種の話芸であり、
  もっともっと評価されていい、
  日本的コミュニケーションテクニック なのです。

■現在、ダジャレの地位が低いのは、
  オヤジが使うダジャレのレベルが低いからです。
  文化的香りや思想が無く、シモネタが多くて
  聞くに堪えない、美しくないダジャレが多いのが現状です。

■また、
  ダジャレを頻繁に使うオヤジには、
  教養が低く、
  低俗で尊敬に値せず、
  若者にとって魅力のない者が多い
  
  という悲しく嘆かわしい現実が、
  ダジャレのイメージをいっそう低下させている
  最大の原因だと言えるでしょう。

■オヤジに限らず、
  全てのダジャレ使い(ダジャレユーザー)は、
  レベルの高い、質の高いダジャレを使うように
  普段から心がけることが必要です。

■オヤジには、
  若い人が憧れるような、
  若い人から尊敬されるような生き方を、
  是非してもらいたいものです。

  格好いいオヤジがダジャレを使うなら、
  ダジャレのイメージだって向上します!
一部を抜粋してみました。

これこそ究極の日本文化では無いだろうか。
ヘタに使うとイジメの対称にされているのは悲しいことです。
むかしはダジャレでその場の雰囲気が和んだ。
無機質な日本に潤いを。


コメント
2010年12月21日18:38
 1: とびら@デイリー・575・NPT
 一体、おまえはダジャレ


2010年12月21日19:14
 2: ばんぺいゆ
 唸っても唸っても出ないシャレ


2010年12月21日19:33
 3: StupidCat@遊撃(ステューピッドキャット)
 翁は良い事いうなあ・・・
でも、駄洒落にかけても、気付かない人が多くなったと感じる昨今
私も含めです。


2010年12月22日06:11
 4: 
 「そんなダジャレは、やめなシャレ」……って
辞書に「例」として載ってるんでしたっけ?

★言語遊戯(げんごゆうぎ) [ 日本大百科全書(小学館) ] .
ことばそのものに着目してそれを素材にした遊びを広くさす。しりとり、早口言葉などは日常語を素材とした遊びそのものであるが、ある種の造字、造語のように実用的な必要を満たしながら、そこに遊戯性のみられるもの(「榊(さかき)」「裃(かみしも)」「一六銀行〈質屋〉」)や、回文(かいぶん)歌、折句(おりく)、隠題(かくしだい)のように韻文の形をとりつつ遊戯性そのものに目的があるもの、さらには、懸詞(かけことば)のように遊戯性を基盤としつつ文学的な表現のための技巧として洗練されたものなどまで、さまざまある。言語遊戯は、その遊戯性がことばのどの側面を手掛りとして成り立っているかによって、〔1〕文字を手掛りとするもの、〔2〕音を手掛りとするものの2種があり、この分類と交錯して「謎(なぞ)」とよばれる特別な遊戯形式も成立している。

〔1〕文字を手掛りとするものには、(1)普通にはない文字や語をつくるもの、(2)普通にある文字をひねって読むもの、がある。(1)には「(うわき)、(げんき)、(ふさぎ)、(いんき)、(まごつき)」「(慶応)」のように意味、音の面から文字を合成するもの、「くノ一(女)」「ロハ(只)」のように文字を分解して新語をつくるものなどがあり、「」と書いて「逆大横セ=酒代よこせ」のように遊戯性の強いものもある。一方(2)は、「戀(恋)」を「いと(糸)し、いとしと言う心」と読み、「口」を「田中十内(ない)」と読むといった類のものである。古く『万葉集』にみえる戯訓(「十六(しし)」など)もこれに属するといってよい。

〔2〕音を手掛りとするものには、(1)音による秩序や制約を楽しむもの、(2)同音異義を利用して遊ぶもの、がある。(1)には、頭韻(神田鍛冶(かんだかじ)町の角(かど)の乾物屋でかちぐり買ったら固くてかめない返して帰ろう)、脚韻(みかんきんかん酒のかん親のせっかん子は聞かん)、回文(長(なが)き夜(よ)のとをの眠(ねぶ)りのみな目覚(めざ)め浪乗(なみの)り船(ふね)の音(をと)のよき哉(かな)――前から読んでも後ろから読んでも同じ音になる)、折句(からごろもきつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞ思ふ――各句の初めの音を拾うと「かきつばた」になる)、隠題(山高み常にあらしのふくさとはにほひもあへず花ぞ散りける――「しのぶ草」という音の連続が目だたないように詠み込まれている)などがある。

また、しりとり遊びは、前の単語の終わりの音によって次の単語の初めの音が制約される遊びであり、早口言葉は、正確に発音しにくい一連の語句をあえて早く正しくいうことに興ずる遊びであって、その意味で両者ともこの(1)に含まれるといってよい。一方(2)には、懸詞(わがせこが衣はる[張る・春]雨(さめ)ふるごとに野辺のみどりぞ色まさりける)をはじめとして、口合(くちあ)い(その手はくわな[食わな(い)・桑名]の焼き蛤(はまぐり))、もじり(お祖師さまありがたかりし[有難かりし・蟻(あり)がたかりし]瓜(うり)の皮)、語呂(ごろ)合わせ(年の若いのに白髪(しらが)が見える←―沖の暗いのに白帆が見える)などがあり、さらに、洒落(しゃれ)ことば(猿の小便で木にかかる[気にかかる])、頓知(とんち)問答(一枚でも煎[千]餅(せんべい)とはこれいかに――一個でも饅[万]頭(まんじゅう)というがごとし)などもたいていは(2)に属する。

謎という遊戯形式は、ときに同音異義語などを利用しつつ、視点の転換を楽しむものである。謎には単式の謎(海の中の木の実ナアニ――蛤[浜栗(はまぐり)])(手で見るものナアニ――湯かげん)と三段なぞ(楠木正成(くすのきまさしげ)とかけて、夏の涼み台ととく、心は足利(あしかが)[足蚊が]攻める)とがあるが、前者では「問い」自身のなかにある意外性を、後者では「かける」ことば(題)と「とく」ことばとの表面上の距離を、それぞれ「答」「心」のことばで一気に解消するものであって、その際、決め手となる視点の転換のために同音異義語や同一語の多義性が積極的に利用されることになる。いわゆる駄洒落(だじゃれ)を含め、上述の口合い、もじり、語呂合わせ、洒落ことばなど広義の洒落も、この謎と同じく、視点、文脈の一瞬の衝突ないし転換を楽しむ遊びであって、この点こそ言語の世界にもっとも特徴的な遊び方であるといってよい。

言語遊戯あるいは、ことば遊びというとき、狭義には遊びの「意図」の存在が前提となっているが、この「意図」の有無によってのみことば遊びを規定することはできない。「夏は来(き)つ音(ね)に鳴く蝉(せみ)のから衣おのれおのれの身の上に着よ」は「きつ・ね」と名を切ることによって狐(きつね)の調伏を意図した歌であるが、第三者にとっては異分析による言語遊戯である。「アブラカダブラ」も本来は呪文(じゅもん)で護符に用いられたものであるが、現代人には遊びである。同様にアリババには開門の呪文であった「開けゴマ!」も今日では遊びの表現である。ローマ人はlucus a non lucendo(日光の「もらぬ」所だから「森」という)と大まじめに語源を論じたが、これほど意義の矛盾した遊びも少ないであろう。皮肉にもlucus(森)とは「光の差し込む所」だったのである。したがって英語でつじつまのあわない意としてa lucus-a-non-lucendo coffee-house(コーヒーを売らぬコーヒー店)などと遊ばれる。さらに、「朝は四本足、昼は二本足、そして夕方は三本足で歩くものは」という謎は世界中の子供が知っている遊びであるが、スフィンクスに問いかけられた人たちには遊びどころか命がかかっていた。またホメロスは「つかまえたのは捨てた。つかまえられないのは持ってきた」という「のみ」の謎が解けずに狂い死にしたと伝えられている。「きつね」という語はきつね(そのもの)ではないし、また、あの動物をたとえばfoxとよんでもよい。つまり、ことば[記号]とその対象[意味]の結び付きは恣意(しい)的である。これを絶対視するのが言霊(ことだま)の思想であり、ひいてはことばが呪文にも使われる。この考えにとらわれない限り、ことばは本質的に遊びである。ことばのfoxは三つの文字に分けられるが、きつねはそれに対応して三つに分けることはできない。記号のほうはfとox(雄牛)に異分析も可能であるが動物の狐から雄牛を切り取ることはできない。noon(正午)の読みが前からも後ろからも同じであることや、live(生きる)の逆がevil(悪)であることも、意味の世界とは無関係である。ということで、about-face(まわれみぎ)をecaf-tuoba(ぎみれわま)と定義する遊びも可能になる。child(子供)の逆綴りdlihcも英語には存在しないがa backward child(知的障害をもった子)に通じる。backwardは「逆の」でもあるから。記号のこの独立性がことばを遊びにする。 [ 執筆者:尾上圭介・郡司利男 ]

★多幸症(たこうしょう) [ 日本大百科全書(小学館) ] .
感情ないし気分の障害であり、上機嫌ともいう。客観的状況にそぐわない空虚で無内容な爽快(そうかい)な気分状態である。あらゆることに楽天的で、苦にせず、その背景には、人格の水準低下が想定される。老年痴呆(ちほう)、前頭葉の障害、進行麻痺(まひ)などの脳器質性障害や、アルコール、モルヒネなどの中毒性精神障害の場合に出現する。一般には、そう病の気分の高揚は爽快気分として区別される。前頭葉の障害で、無意味なことばの駄洒落(だじゃれ)や、冗談を好むことがあり、これをモリアmoriaまたは、ふざけ症という。発揚は気分の高揚と自己価値の病的高まりをいう。 [ 執筆者:永田俊彦 ]


★横田順彌(よこたじゅんや) [ 日本大百科全書(小学館) ] .(1945― )
小説家。佐賀県生まれ。法政大学法学部卒業。小学生時代からSF好きで、高校時代に押川春浪(おしかわしゅんろう)の『海底軍艦』を古書店で入手し古典SFに関心を抱く。大学在学中は落語研究会に所属するかたわら、SF同人誌に作品を寄稿。また自らも作家・評論家鏡明(1948― )、作家川又千秋(1948― )らと『SF倶楽部』を創刊する。1970年(昭和45)平井和正の紹介で『少年チャンピオン』誌にショート・ショートを発表。翌71年『SFマガジン』3月号に短篇「友よ、明日を……」が掲載され、本格的作家活動に入る。74年同誌に発表した「宇宙ゴミ大戦争」が好評を博し、ユーモア、パロディー、だじゃれ、ナンセンスが渾然一体となった、独自の「ハチャハチャSF」路線を確立。以後現在にいたるまで他の追随を許さない特異な活動を続ける。また日本古典SF研究の第一人者としても知られる。73年から80年にかけて『SFマガジン』誌に連載された「日本SFこてん古典」と評論家會津信吾(1959― )との対談形式による『新・日本SFこてん古典』(1988)の資料的価値は途方もなく高い。この両者はまさに横田順彌にしかできなかった仕事である。會津信吾とは他にも共著『快男児 押川春浪』(1987)があり、こちらは日本SF大賞を受賞した。押川春浪に代表される古典SFへの関心は、やがて「明治」という時代そのものへの共感に発展し、当時の世相風俗や実在の人物を作中に取り込んだ明治ものSFに結実していく。春浪と友人たちが火星人による帝都破壊の危機に立ち上がる『火星人類の逆襲』(1988)、その続編でコナン・ドイルの『失われた世界』の舞台となったアマゾンの秘境に、チャレンジャー教授と入れ違いに春浪たちが活躍する『人外魔境の秘密』(1991)、ハレー彗星到来時の神隠し事件に挑む幻想ミステリー『星影の伝説』、その続編の短編集『時の幻影館』(ともに1989)、冒険大作『菊花大作戦 冒険秘録』(1994)など地道な創作活動を続けている。また豊富な資料をもとにした明治研究も磨きがかかり『明治不可思議堂』(1995)、『明治バンカラ快人伝』(1996)、『明治はいから文明史』(1997)、『明治おもしろ博覧会』(1998)、『明治ふしぎ写真館』(2000)など次々と発表。 [ 執筆者:関口苑生 ]

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