2014年3月26日水曜日

台湾で何が起きているのか。

台湾で何が起きているのか。 http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/24/taiwan_n_5020456.html 岡本 よりたか ...対中貿易協定、いわゆるサービス貿易協定は、中国と台湾の間で、中国サービスセクターの80%を台湾に開放、台湾の同セクターの64%を中国に開放するという。この貿易協定は台湾側に不利な条項が多いとして、実施されれば、台湾の多くの中小企業が経営破たんになり、多くの大企業が中国に乗っ取られると恐れた台湾の学生たちが行政院に突入し、審議不十分だったこの協定の採決の一時凍結を決めさせた。 日本の60年安保を彷彿させる事件ではあるが、昨日、実家でTVが終日流れていたのだが、このニュースは一切流れてこなかった。日本のマスコミというのは、国民に興味を持たせたくないのか、興味を持たない事件は取り上げないのか知らないが、とかく世界の大事件の中で、日本にとって不利になることは、報道しようとする姿勢を見せない。まったく不思議な国だ。 僕はジャーナリストでもなんでもないので、この事件について深く書くつもりはないが、こうしたことを見るたびに、何故人間は線引きをしたがり、線引きをした途端に、お互いいがみ合うのだろうかと思う。もちろん、僕のやっている遺伝子組み換え食品反対でも同様であり、賛成と反対の間に線が引かれて、お互いいがみ合うことになっているので、大きなことを言えたものではないのは理解している。 国と国の線引きは国境であり、県と県も県境であり、個人の家までも境界線を作る。物理的な線だけではない。企業と企業の線、企業と個人の線、個人と個人の線も引かれるとともに、お互いに牽制しあうことになる。新幹線の中の肘掛がその線になるだけで、隣の人物に嫌悪を感じてしまうこともあるくらいだ。 植物などはどこにも線を引かない。越えられない境界が物理的に生まれたとしても、花粉や種子は風や動物によって最終的には運ばれる。お互い領域を分かち合うことはあるが、意図的に駆逐していくことはない。結果的に相手が弱ってしまったタイミングで、その領域に伸びてゆくだけであり、自分の役目を終えれば、次の勢力に明け渡す。自然とそういう関係を続けているのである。 じゃあどうすればいいのだ?と僕に答えを求められても、正直全く持って良い案などない。ただ、一つだけ書きたいことがある。国と国の間に引かれた線は、自分自身が他人に対して引いてしまった線の延長線でしかないということである。 見知らぬ他人を鬱陶しいと思う気持ち、邪魔だと思う気持ち、どうなっても関係ないと思う気持ち。それらすべては心の中に作る線である。具体的にいうのならば、数量の少ないものを誰よりも先にゲットしたいと思う気持ちや、駅でまっすぐ歩けない時の苛立ちや、他国の戦争への傍観的視点が、結局は心に線を引き、境界線を作り、国境を作り、最終的には支配欲となる。 今出来ることは、横にいる見も知らぬ人との線を取り除くこと。困っていれば声をかける、ぶつかれば謝る、重なったら譲る。たったこれだけの小さな行為が最終的に、こうした事件を減らしていくことになるのではないだろうかと希望的に思う。単なる理想論であるとは僕は思わない。

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