●やましろ(山城)
★さんじょう ―じやう 0 【山城】
⇒やまじろ(山城)
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やましろ 【山城】
(1)〔古くは「山背」「山代」とも書かれた〕旧国名の一。五畿内の一。京都府の南東部に当たる。城州(じようしゆう)。
(2)京都府南部、相楽(そうらく)郡の町。木津川中流右岸を占め、野菜・タケノコ・茶などを産する。
(3)徳島県西端、三好郡の町。四国山地にある山村。大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)の峡谷で有名。
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やまじろ 0 【山城】
山頂や山腹に設け、防御を自然の険しい地形に依存した城。
山地を利用した城。
→平城
→平山城
★山城(やまじろ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山城(やまじろ)は、険阻な山を利用して築かれた城。
日本においては、江戸時代の軍学者によって分類された地形による城の分類法の一つ。
高地は軍事的防御に有利であり、山に城郭を築く行為は場所と時代を問わず普遍的に行われている。日本以外で山城が多く築かれた時代と地域として、(日本の古代山城のモデルとなったと思われる)三国時代の朝鮮、中世の西ヨーロッパなどがある。山城とは呼ばないが、近代の旅順要塞やマジノ要塞も山に築かれた要塞群であって、機能は似ている。
城は、防御に有利な地形に築くことが望ましく、険しい山はその条件を満たすが、住むには不便であり、守るべき対象である人の居住地から離れている。したがって、山城は防御専用として造られることが多かった。城主は、平時には麓に住民と共に住み、敵が来襲すると山上の城に立て籠もる、といった使い方がなされたようである。
★日本 http://p.tl/ns8w
日本の山城には、次の3種類がある。
・古代山城
飛鳥時代から奈良時代の近畿から九州北部にかけて築かれた。
・中世山城
中世・戦国末期まで全国的に築かれた(戦国末期のものを戦国山城ということもある)。
・近世山城
安土桃山時代後期から江戸初期までに築かれた。
・構造
小城の場合は、山の頂上に簡単な建物を造り、食料、武具を保管するだけで、後は自然の地形を利用して、適宜、山の各所に柵、堀、土塀を設けるといった程度であったらしい。
中規模の城では、峰々に本丸、二の丸といった曲輪を造り、居住用の施設も備え、長期の籠城に耐えられるようにした。
大城では、周辺の山々に支城を設け、山系全体を要塞としていた。
・山への築城
古代の山城(鬼ノ城・備中国)
戦国期の山城を描いた絵図(春日山城・越後国)
戦国期の山城(波賀城・播磨国)日本において初めて山に軍事的防御施設が築かれるのは弥生時代の高地性集落である。その後、飛鳥時代から奈良時代にかけて、唐や新羅の侵攻に備えて西日本各地に古代山城が築かれた。
★山城国(やましろのくに) http://p.tl/hYWf
旧国名。現在の京都府南部の地域。山(さん)州、城(じょう)州。東は近江(おうみ)・伊賀(いが)、南は大和(やまと)、西は河内(かわち)・摂津(せっつ)・丹波(たんば)の国々と接していた。盆地の周辺の山々から、高野(たかの)川、賀茂(かも)川(鴨川)、桂(かつら)川、宇治(うじ)川、木津(きづ)川などが流れ出し、合流して淀(よど)川となる。これらが合流する中央低地部分に巨椋(おぐら)池があった。... 宜(よろ)しく山背国を改め山城国となすべし」とあり、これ以後「山城」に改められた。 五畿内(きない)の一つで、『和名抄(わみょうしょう)』には、「田八千九百六十一町七段二百九十歩」とある。 ...
★山城物(やましろもの) http://p.tl/Ec-S
山城国(京都府)で制作された刀剣の総称。京物ともいう。当地では鉄の産出をみないが、平安時代以降文化の中心地として多くの刀工が活躍し ... 山城物は、寺社や領主に隷属せず、一般に市販されていたのが特色とみ ...
★石垣山城(いしがきやまじょう) http://p.tl/2pJH
戦国期の城。神奈川県小田原市早川にある。1590年(天正18)豊臣(とよとみ)秀吉が小田原城に籠城(ろうじょう)する北条氏を攻めたときに、対(たい)の城として小田原城を眼下に望む笠懸(かさがけ)山に築いたものである。 ...
★月山城(がっさんじょう) http://p.tl/bNhQ
鎌倉期~江戸初期の城。島根県安来(やすぎ)市広瀬(ひろせ)町富田(とだ)にあり、富田城ともよばれ、富田月山城、月山富田城などともいう。城は平安末期、藤原景清(かげきよ)によって築かれたともいわれるが伝承の域を出ない。鎌倉期出雲(いずも)守護として入った佐々木義清(よしきよ)が築き、佐々木氏が大迫(おおさこ)城を本拠とするようになってからは、守護代の尼子(あまご)氏が守っていた。 ...
★多聞山城(たもんやまじょう) http://p.tl/uVdI
戦国期の城。奈良市法蓮町にあった。多聞城ともいう。1560年(永禄3)松永久秀(ひさひで)が佐保(さほ)山(眉間寺(みけんじ)山)に築いたのが初めといわれる。久秀は織田信長に一時叛(はん)したが、73年(天正1)にはふたたび信長に降(くだ)り、そのとき城を信長に献じ信貴山(しぎさん)城に退いている。塁上に長屋造りを設けたのが「多聞櫓(たもんやぐら)」の名の始まりといわれている。石垣は郡山(こおりやま)城に運ばれ、ほとんど遺構はみられない。
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★瓶原(みかのはら) http://p.tl/FvPR
京都府南東部、木津川(きづがわ)市の東部にあたる旧加茂(かも)町の木津川北岸の地区。740年(天平12)に聖武(しょうむ)天皇の恭仁(くに)京が造営されたが、わずか4年で廃都となり、その跡に山城(やましろ)国分寺が建立された。現在、金堂と塔の礎石が残っていて、国指定史跡となっている。また東の銭司(ぜず)には、和同開珎(わどうかいちん)の鋳銭所跡がある。
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★上杉謙信(うえすぎけんしん) http://p.tl/K0qf
... 父は越後国の守護上杉氏の守護代で頸城(くびき)春日山城(かすがやまじょう)(上越市)の城主長尾為景(ためかげ) ... 弟の景虎は春日山城下の臨済宗(りんざいしゅう)林泉寺(上越市)の天室光育 ...
★毛利元就(もうりもとなり) http://p.tl/lnly
安芸(あき)国高田(たかた)郡吉田郡山(よしだこおりやま)城(広島県安芸高田市吉田町)主、毛利弘元(ひろもと)の二男。のちに父が兄興元(おきもと)に郡山城を譲って多治比猿掛(たじひさるがけ)城(安芸高田市吉田町)に隠退した際、それに従った。... のちに父が兄興元(おきもと)に郡山城を譲って多治比猿掛(たじひさるがけ)城(安芸高田市吉田町)に隠退した際 ... 1523年(大永3)重臣に推されて家督を継ぎ、郡山城に入った。大内・尼子(あまご)両勢力の対立 ...
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★相給(あいきゅう) http://p.tl/S3YX
江戸時代の知行(ちぎょう)形態。分給、分郷、相知(あいち)、入会(いりあい)知行ともいう。一円所領、一円知行に対するもので、一村が複数の領主に分割支配された知行またはその土地をいう。領主の数で二給とか三給、四給とよんだ。... また、諸藩家臣の知行地や公家(くげ)領も相給知行が原則で、岡山藩領備前(びぜん)国(岡山県)尾張(おわり)村には26給、公家領山城(やましろ)国(京都府)吉祥院(きっしょういん)村は64給 ...
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★相嘗祭(あいなめまつり) http://p.tl/kOz3
上代、11月上(かみ)の卯(う)の日に天皇が諸神に新穀を供した祭り。「あいにえまつり」「あいんべまつり」ともいう。相新嘗(あいにいなめ)の略語とみられ、神に新穀をさしあげ、天皇が神とともに饗宴(きょうえん)を行う意と解されるが、あるいは諸神合同の新嘗の祭りと考えるほうが原義にかなうともいえる。... 相嘗にあずかる神は時代を追って増加し、平安時代には山城(やましろ)、大和(やまと)、河内(かわち)、摂津、紀伊の5か国の71座の神々に奉幣(ほうへい)が行われたことが『延喜式(えんぎしき)』にみえる。 ...
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★葵祭(あおいまつり) http://p.tl/zS9V
5月15日に行われる京都市北区上賀茂(かみがも)の賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(上賀茂神社)、左京区下鴨(しもがも)の賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)両社の祭り。元来、賀茂祭(かもまつり)と称し、平安時代に祭りといえば賀茂祭をさすほど有名であった。... しかし、前日(申(さる)の日)に山城(やましろ)国司の行う賀茂国祭は早く698年(文武天皇2)に行われたことが ... 勅使を中心に検非違使(けびいし)、山城使(づかい)、内蔵(くら)使、舞人などの旧儀による ...
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★赤松氏(あかまつうじ) http://p.tl/d59p
播磨国(はりまのくに)(兵庫県)佐用(さよう)郡佐用庄(さようのしょう)を本貫とする在地領主。室町時代播磨国守護。... 追討されて播磨国城山城(木山城)(きのやまじょう)に自害する。その領国は山名氏の領するところとなった。1456年(康正2)赤松氏一族および譜代(ふだい)の家臣らが後南朝から神璽(しんじ)を奪還した功によっ ...
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★県(あがた) http://p.tl/WIYB
古代、大和(やまと)国家の地方制度。国造(くにのみやつこ)の支配する国よりも、普通は狭い領域をさし、国の下の単位となる地方もあり、県主(あがたぬし)の支配下にあった。... とくに多く分布するのは、大和、山城(やましろ)(京都府)、河内(かわち)(大阪府)、吉備、筑紫などで、そのうち大和の六県(むつのあがた)は、高市(たけち)、葛城(かずらき)、十市(とおち) ...
★県主(あがたぬし) http://p.tl/qYP4
古代、大和(やまと)王権の地方制度県(あがた)を支配した首長で、のちに姓(かばね)となる。大和王権の直轄領となった県から、その特産物を朝廷に納め、また県の神社を管理した。山城(やましろ)(京都府)の鴨(かも)県主は、賀茂(かも)神社(現在の上賀茂神社、下鴨神社の前身)を祀(まつ)り、その地域の農耕を管理していた。 ...
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★朝倉氏遺跡(あさくらしいせき) http://p.tl/xnpt
福井市城戸ノ内(きどのうち)町に所在する中世城下町跡。一乗谷館(いちじょうだにやかた)跡などともいう。戦国時代に越前(えちぜん)国主であった朝倉氏の本拠地で、1471年(文明3)から1573年(天正1)まで存続した。遺跡は南北に細長い谷間とその両側の山地に立地し、山地には山城(やまじろ)、櫓(やぐら)、砦(とりで)などの防御施設が築かれ、南北二条の土塁によって区画された平地内(城戸内)には城主の居館、侍屋敷 ...
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★安土桃山時代 http://p.tl/r5sb
... 桃山時代の呼称は、秀吉の晩年の居城である山城(やましろ)(京都府)伏見(ふしみ)の地がのちに桃山ともよばれるようになったことに基づくもので、秀吉当時における呼称ではない。 ...
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★油座(あぶらざ) http://p.tl/540K
中世の油商人の組織。油は古くからゴマ、エゴマ、木の実を原料として製造され、多くは灯油として寺社や公家(くげ)で使用された。油は最初荘園(しょうえん)年貢として徴収されていたが、しだいに徴収が不可能になるにつれて、支配下の商人に調達させることになり、商人も保護を受ける必要性から、寄人(よりうど)や神人(じにん)として大寺社に結集し、平安後期には油座が成立した。... とくに石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)に奉仕した山城(やましろ)大山崎(おおやまざき)油座(油神人)や興福寺大乗院(こうふくじだいじょういん)を本所とした符坂(ふさか)油座(春日(かすが ...
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