●てんびょう ●天平
★てんびょう ―べう 0 【点描】三省堂 大辞林
(名)スル
(1)線を使わずに、点またはごく軽いタッチで描く画法。山水画の米点(べいてん)や、印象派が行なった異なる色の並置によって視覚混合を生じさせる描法など。点描法。
(2)人物や事物の特徴的な部分をとらえて、簡潔に描写すること。
「下町の人情を―した作品」
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★てんぴょう てんぴやう 【天平】
年号(729.8.5-749.4.14)。神亀の後、天平感宝の前。聖武天皇の代。
★天平(てんぴょう) http://p.tl/Thi2
日本の元号の一つ。神亀の後、天平感宝の前。729年から749年までの期間を指す。この時代の天皇は聖武天皇。
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★天平時代 http://p.tl/KRqC
聖武(しょうむ)天皇(在位724~749)の代を中心とする8世紀の時代。... 奈良時代を天平時代ともよぶ。729年の8月5日、年号は神亀(じんき)から天平に改元されたが、以後天平感宝(かんぽう)、天平勝宝(しょうほう)、天平宝字(ほうじ)と天平を冠する年号がしばしば用いられた。 ...
★天平彫刻 http://p.tl/T8XR
... 東大寺造営は天平時代そのものを象徴する一大事業であり、その司の廃止は時代の終末でもあった。 大仏の造営が一段落を迎えた754年(天平勝宝6)ごろから、天平時代は末期にさしかかり、作品の写実性は行き ...
★天平の甍(てんぴょうのいらか) http://p.tl/EwBh
井上靖(やすし)の長編小説。1957年(昭和32)3~8月『中央公論』に連載、同年中央公論社刊。奈良時代、日本に仏教の戒律をもたらすために、4人の留学僧が遣唐船で渡唐し ...
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★青紙(あおがみ) [ 日本大百科全書(小学館) ] .
紙の材料に関係なく、単に青色の紙のことをいう。752年(天平勝宝4)の『正倉院文書』に初めてこの名が出てくるが、近世では紺紙、藍(あい)紙とともに青花(あおばな)紙をさすことが多い。 [ 執筆者:町田誠之 ]
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★あかちだ 【▽班田】三省堂 大辞林
「はんでん(班田)」に同じ。
「戸籍・計帳・―収め授くる法を造れ/日本書紀(孝徳訓)」
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・はんでん 0 【班田】
律令制で、口分田(くぶんでん)を人民にわかち与えること。また、その口分田。あかちだ。
★班田 歴史民俗用語辞典
読み方:ハンデン(handen)
律令制下、公民に口分田を班給すること。
★班田収授法(はんでんしゅうじゅほう) http://p.tl/w4Km
古代日本において施行された農地(田)の支給・収容に関する法体系である。班田収授法による制度を班田収授制または班田制という。班田収授制は、日本の律令制の根幹制度の一つであり、律令が整備された飛鳥時代後期から平安時代前期にかけて行われた。
★四証図 歴史民俗用語辞典
読み方:シショウズ(shishouzu)
平安初期の4種の班田図。天平14年、天平勝宝7年、宝亀4年、延暦5年。
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★くぶん-でん 2 【口分田】 三省堂 大辞林
律令制で、班田収授法によって、六歳以上のすべての民に授けられた終身使用・用益を許された田。良民男子は一人に二段(約22アール)、女子はその三分の二。賤民のうち、官有の官戸・公奴婢(くぬひ)は良民と同額、私有の家人・私奴婢は良民男子の三分の一が授けられた。官戸・公奴婢のものを除いて、すべて輸租田。
★班田収授法 (はんでんしゅうじゅほう) 防府歴史用語辞典
律令[りつりょう]時代の国家から農民に田が貸し出される制度です。戸籍[こせき]に書かれた6歳以上の男女に与えられ、男子は2段[たん]、女子はその3分の2で、死後は返さないといけませんでした。しかし、9世紀になると、戸籍[こせき]をいつわったり、開墾[かいこん]による私有地が増えたりしたため、廃止になりました
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★県犬養氏(あがたいぬかいうじ) http://p.tl/Hd1A
神皇産霊尊(かむむすひのみこと)の後裔(こうえい)と称する神別氏族。本姓は連(むらじ)、684年(天武天皇13)宿禰(すくね)姓を、764年(天平宝字8)一部に大宿禰姓を賜わる。海(あまの)犬養、安曇(あずみの)犬養、若犬養などの諸氏とともに犬養部を率いて宮門、大蔵、内蔵 ...
★県犬養橘三千代(あがたいぬかいのたちばなのみちよ) http://p.tl/UJxk
天武(てんむ)朝から元正(げんしょう)朝の5代に歴仕した、古代屈指の有力女官。... 夫不比等の政界制覇を側面から助け、その次男房前(ふささき)に娘牟漏を嫁がせ、一族県犬養氏を引き立て、広刀自(ひろとじ)を聖武夫人に周旋し、わが子葛城王の出世を図るなど八面六臂(ろっぴ)の活躍をした。元明の崩御後、出家入道。760年(天平宝字4)正一位大夫人を贈られた。[執筆者:黛 弘道 ]
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★阿修羅 http://p.tl/xWRi
... ところの不幸な運命の一つと考えられている。 なお、奈良・興福寺蔵の阿修羅像(国宝)は三面六臂(ろっぴ)で、巧妙な手の配置、愁いを含む表情で表される天平(てんぴょう)彫刻の名作である。 ...
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★足羽 http://p.tl/ip1g
... 731年(天平3)の「越前(えちぜん)国正税帳」(正倉院(しょうそういん)文書)に足羽郡の名が初めてみえ、『和名抄(わみょうしょう)』には安須波と書かれている。 ...
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★厚紙 http://p.tl/mGi2
... 748年(天平20)の『正倉院文書』に初めてみられる厚紙は、とくに厚く漉き上げたり、貼(は)り合わせたりして厚くした紙のことをさしている。したがって ...
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★阿倍仲麻呂 http://p.tl/wbiX
... 736年(天平8)10月、一度遭難して唐に戻った遣唐判官平群広成(へぐりのひろなり)が渤海(ぼっかい)経由で帰国することを学生仲麻呂が ... 753年(天平勝宝5)遣唐大使藤原清河(きよかわ)とともに僧鑑真(がんじ ...
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★安摩 http://p.tl/MQRL
... 聖武(しょうむ)朝736年(天平8)に林邑(りんゆう)僧仏哲が伝えたという林邑八楽の一つで、インドか中央アジア伝来の曲と思われる。楽書には、仁明(にんみょう)朝(833~850)に楽人大戸清上(おおと ...
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★鵤荘(いかるがのしょう) http://p.tl/bNm7
播磨(はりま)国の法隆寺領荘園(しょうえん)。... 747年(天平19)の「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(がらんえんぎならびにるきしざいちょう)」では、揖保郡に水田219町余のほか、薗地(えんち)、山林、池、庄倉(しょうそう)と封戸(ふこ)50戸があり ...
★斑鳩宮(いかるがのみや) http://p.tl/xrRx
聖徳太子が601年(推古天皇9)斑鳩(奈良県生駒(いこま)郡斑鳩町)に営んだ宮室。... 『法隆寺東院縁起』によれば、739年(天平11)行信僧都(ぎょうしんそうず)の奏上によって宮跡に東院伽藍(がらん)がつくられた。1939年(昭和14)東院の修理工事に際してその地下から ...
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