●みずき
★みずき みづき 0 【〈承鞚〉】三省堂 大辞林
⇒みずつき(承鞚)
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みずき みづ― 0 【水木】
ミズキ科の落葉高木。丘陵に生える。高さ約10メートル。葉は広楕円形で葉脈が目立つ。五月頃、散房花序に白花を密生。果実は小球形で紫黒色に熟す。春先、枝を折ると樹液がしたたるのでこの名がある。材は下駄・箸(はし)・器具などにする。
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みずき みづ― 0 【水▽城】
664年大宰府防衛のために築造された土塁。福岡県太宰府市水城にその遺跡があり、博多方面から太宰府に至る関門にあたっていた。延長約1キロメートル、基底部幅約80メートルで、内側に水をたたえた。
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みずき みづ― 0 【▼瑞木】
みずみずしい若木。
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★水漬き 日本語活用形辞書
読み方:みづき、みずき、みずつき
【文語】カ行四段活用の動詞「水漬く」の連用形、あるいは連用形が名詞化したもの。
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★みずき (水木) 植物図鑑
●わが国の各地をはじめ、朝鮮半島や中国それにインドシナ半島に分布しています。山地の水辺に生え、高さは10~20メートルになります。成長が早く、枝が幹に輪生状につきます。水を吸い上げる力が強く、春先に枝を切ると樹液が多くでてきます。5月から6月ごろ、散房花序をだして小さな白い花を咲かせます。「くまのみずき」と似ていますが、大きな円形に近い葉が互生することで区別できます。
●ミズキ科ミズキ属の落葉高木で、学名は Swida controversa。英名は Giant dogwood。
ミズキのほかの用語一覧サンシュユ: 山茱萸 西洋山茱萸
ハナイカダ: 花筏
ミズキ: 水木 熊野水木 珊瑚水木
ヤマボウシ: コルヌス・フォエミナ
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★みずき http://p.tl/PHIx
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/08 12:21 UTC 版)
みずき
一般名称
・ミズキ - ミズキ科ミズキ属の樹木
・若い木。
・水城 - 国防施設
・みずつき - 轡(馬具)の部位。
固有名称
・日本人の姓
・みずき紗英
・みずきほたる
・みずき舞
・日本人の名前 主に女性名として使われるが、男性名としても使われる。
・桑原みずき(SKE48)
・野口みずき
・魅津希 - 女性キックボクサー。
・みずき (野田市) - 千葉県野田市
・びざん型巡視船の7番船。尖閣諸島中国漁船衝突事件で体当たり攻撃を受けたうちの1隻。
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★みずつき - 轡(馬具)の部位。 ハミ (馬具) http://p.tl/9odb
ハミ(馬銜、銜、英: bit)は、馬具の一種であり、馬の口に含ませる主に金属製の棒状の道具である。轡(くつわ)。
頭絡を構成する部品で、両端は騎手が手に持つ手綱と接続されており、拳による騎手の扶助操作を、口への刺激として馬に伝える役割を持っている。
馬は、前歯(切歯。牡馬は犬歯も)と奥歯(臼歯)の間に「歯槽間縁(しそうかんえん)」と呼ばれる歯の生えない部分を持つ。頭絡の頬革の長さを調節し、この歯槽間縁に収まるように正しく支持されていれば、馬は口中のハミを歯で噛むことはない。歯槽間縁の発見とハミの発明が、馬を乗用動物の筆頭とした要因である。
人間と馬の長い歴史にあって、人間が馬を思いのままに制御しようと試みた中で、ハミは最大の発明であるといわれる。おそらくハミが発明されるまでは、縄を馬の首や頭部に巻きつけただけであったと考えられ、騎手の細かい制御の意思を的確に伝えることが困難であったと思われる。ハミは、紀元前4,000年から3,000年ごろの遺物に既に発見されている。当初は縄、骨、角または硬い木で作られていたが、紀元前1,300年から1,200年の間に青銅製のハミが使われ始めた。
ハミのおかげで、騎手のごく細かい扶助を口という非常に敏感な器官を通じて馬に伝えることが可能になり、複雑な運動や制御を可能にしたのである。
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★水城(みずき)は、7世紀中頃に構築された国防施設。現在の福岡県大野城市から太宰府市にかけてあった。
1921年3月3日、水城跡(みずき あと)ととして特別史跡に指定。史跡指定面積15万0805.80平方メートル。
・構造と用途
水城は、博多湾方面からの攻撃から大宰府を守るための防御線となる直線状の堀と土塁である。土塁は、高さ10メートル以上、幅80メートル、長さ1.2キロメートルあり、その博多湾側にあった堀は、幅60メートル、深さ4メートルで水を貯えていた。土塁には2箇所に開口部があり、そこに門があったことが発掘によって確認されている。土塁の内部には、御笠川から堀に水を流すための木樋が通っている。
南西の尾根を越えた場所には、現在は小水城(こみずき)と呼ばれる長さ80メートルの土塁がある。これは、主要部の水城と合わせて大宰府を防御するための施設だと考えられている。
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