●天目茶碗(てんもくぢゃわん)
★てんもく-ぢゃわん 5 【天目茶▼碗】 三省堂 大辞林
浅い擂鉢(すりばち)形をした抹茶(まつちや)茶碗。日本での称で、本来は中国福建省の建窯(けんよう)で焼かれた建盞(けんさん)をさし、鎌倉時代、浙江省天目山の禅寺から留学僧が持ち帰ったところからこの名がある。のち瀬戸などで写しが作られた。茶の湯で貴人用・台子点前用に用いられ、高台(こうだい)が小さいため必ず天目台にのせる。天目。
★【天目茶碗】 ウィキペディア http://p.tl/vniQ http://p.tl/lC6E
天目茶碗(てんもくぢゃわん)とは、天目釉と呼ばれる鉄釉をかけて焼かれた陶器製の茶碗のこと。
鉄釉を用いて焼かれた陶磁器は中国においては、周の時代に遡るが、本格的な製造は東晋期に現在の浙江省にあった徳清窯で焼かれたものであるとされている。宋以後盛んに制作されるようになった。その頃日本では禅宗が盛んになった鎌倉時代にあたり、中国禅宗の中心であった浙江の天目山に留学した禅僧が喫茶の習慣とともにこれを日本に持ち帰った事から、鉄釉のかかった茶碗を「天目」と称し、その中でも特に鼈口を有した2段の口造り構造となった天目の茶碗は中の茶の保温に優れたものとして茶道を愛好するものに好まれたために、こうした茶碗を「天目茶碗」と呼んで珍重して、台子点前・貴人点などの重要な茶会などの際にも用いられた。
天目を焼くために用いられる釉薬(鉄質黒釉)は、釉薬の中に含まれている鉄分によって黒く発色する。従って、鉄分の含有量によって、その色合いが異なり、鉄分が少ない天目は飴釉(あめゆう)、多い天目は柿釉(かきゆう)とも称されている。
・種類
天目茶碗の代表的な物として、現在の福建省建甌市(元の建甌県)にある建窯で作られた建盞(けんさん)と呼ばれるものや、江西省吉安県にある吉州窯で作られた玳皮盞(たいひさん)/鼈盞(べつさん)が挙げられる。前者からは「曜変天目」(ようへんてんもく)・「油滴天目」(ゆてきてんもく)・「灰被天目」(はいかつぎてんもく)・「禾天目」(のぎてんもく)、後者からは「木葉天目」(このはてんもく)が派生した。特に最上級とされる「曜変天目」は、現在では全世界に龍光院・静嘉堂文庫[1]・藤田美術館・MIHO MUSEUM[2]に伝えられている4点(ないしは3点)しか遺されていないとされ、前者3点は国宝、MIHO MUSEUMの1点は重要文化財に指定されている。
他にも、華北の「河南天目」・朝鮮の「高麗天目」・日本の「菊花天目」(瀬戸焼[3])などが著名である。なお、美濃焼には白い釉薬をかけた茶碗で「白天目」と称するものがある。
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★けん‐さん【建×盞】大辞泉
中国福建省にあった建窯で、宋・元代に作られた天目茶碗(てんもくぢゃわん)。曜変(ようへん)天目・油滴(ゆてき)天目などが有名。また、天目茶碗の総称。
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★建盞(けんさん) http://p.tl/_EWg
中国の建窯(けんよう)(福建省建陽県水吉鎮)で焼かれた茶碗(ちゃわん)。
盞は小さい茶碗の意。建窯の茶碗は北宋(ほくそう)時代すでに天下一の茶碗として名高く、建盞の名でよばれていた。
日本に請来され始めた鎌倉時代後期の13世紀末には、すでに建盞の名称が使われ始めたらしい。
なお日本では古くは南北朝時代の初め建武(けんむ)2年(1335)の史料に天目(てんもく)の名が初見される。
この天目は中国製の茶碗で、浙江(せっこう)省に渡った禅僧が天目山の禅寺で広く用いられていた建盞形式の茶碗を持ち帰り、天目と称することになったようである。
その後、室町時代には建盞と天目は明らかに区別され、建盞は建窯産の正統の茶碗をさす用語であったと思われる。
室町時代、第8代将軍足利義政(あしかがよしまさ)の同朋衆(どうぼうしゅう)を勤めた相阿弥(そうあみ)の手で完成されたといわれる『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』にいう建盞とは、曜変(ようへん)、油滴(ゆてき)、建盞の3種類をさすといってよい。
曜変と油滴は建盞のなかでも特別の器で、いずれも建窯独特の黒色の陶胎をもつ。
曜変は見込みの内外の黒釉地に大小の斑文(はんもん)があり、その斑(まだら)の周囲に青銀色の隈(くま)取りが表れたもの。
油滴は細かい金白色の斑文がびっしりと内外に浮き出す。
建盞は一般に禾目(のぎめ)天目ともよばれるように、黒釉地に兎(うさぎ)の毛のような柔らかい銀褐色の細かい筋目が表れているのが特色である。
およそ南宋から元(げん)にかけて、13世紀から14世紀が建窯の最盛期であったと推測される。
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★志戸呂焼(しどろやき) http://p.tl/6lbp
静岡県島田市の陶窯。開窯については諸説あるが、江戸時代初頭には確実に存在していたことが寛永(かんえい)4年(1627)の銘のある葉茶壺(つぼ)によって知られる。陶技の面からは瀬戸焼の傘下にあり、桃山時代(16世紀末)には茶壺、鉢、皿、天目茶碗(てんもくぢゃわん)、徳利などが瀬戸と同じ黒褐釉(ゆう)と灰釉をかけて焼造され ...
★吉州窯(きっしゅうよう) http://p.tl/3P3S
中国、江西(こうせい/チヤンシー)省吉安(きつあん/チーアン)市永和鎮にある古窯。この地は隋(ずい)時代以来吉州に属していたところから吉州窯の名がつけられた... 黒釉(こくゆう)と黄釉との二重掛けによって人為的に文様を表現し、絶妙な天目茶碗(ちゃわん)を完成させて名声を博した。このほか華南ではいち早く透明釉下に鉄絵の具で文様を巡らす鉄絵を試み ...
★膳所焼(ぜぜやき) http://p.tl/S1f3
滋賀県大津市膳所に営まれた陶窯。江戸初期に築かれて当初は瀬田焼とよばれた可能性があり、... おもに黒褐釉(ゆう)を用いて茶入れ、天目茶碗(てんもくぢゃわん)、茶碗などの茶具を製し、小堀遠州の茶風が強く作風に反映しているといわれる。明治維新のころいったん中絶したが ...
★陶芸 - 日本の陶芸 http://p.tl/oQbL
... 滑らかな黄緑色の黄釉、さらには鉄呈色による黒褐釉(天目釉)も開発され、花瓶、天目茶碗、茶入れ、香炉などの茶具を併焼し、唐物(からもの)写しの体質をよく深めて1320~30年代に最盛期を迎えた。 ...
★茶碗(ちゃわん) http://p.tl/LUaY
.茶を喫するための陶磁器の碗。近世以前には磁器を総称して茶碗とよぶ(たとえば磁製の花瓶(かへい)を「茶碗の花瓶」という)例もあり、近世以降でも「飯茶碗」のように喫茶以外の目的をもつ器をよぶ場合もある。また本来の茶碗でも、当初からその目的でつくられる場合と、抹茶用の代表的な茶碗である高麗(こうらい)茶碗のように、のちに茶碗に見立てられる場合がある。.. 同時に、瀬戸焼でもこの種の天目茶碗の倣製を始めている。室町末期(16世紀)になるとわび茶の思想が茶碗の価値観を大転換させ、中国製では無名窯の天目茶碗(灰被(はいかつぎ)天目はその代表例)が人気を博し ...
★のぎく【野菊】 http://p.tl/K_qH
... 千利休(せんのりきゅう)も野菊に注目し、天正(てんしょう)18年(1590)9月23日秀吉が聚楽(じゅらく)の茶会を開いたおり、野菊一枝を天目茶碗(てんもくぢゃわん)と鴨肩衝(かもかたつき)茶入との間に挟み ...
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★覆輪(ふくりん) http://p.tl/fFLe
刀の鐔(つば)や馬の鞍(くら)、天目茶碗(てんもくぢゃわん)など種々の器物の周縁を金属(鍍金(ときん)、鍍銀)の類で細長く覆って損壊に備え、あわせて装飾を兼ねたものをいう。 ...
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★分類草人木(ぶんるいそうじんぼく) http://p.tl/QD_B
茶道の成立期の茶法を伝える代表的な茶書の一つ。三巻。... 掛物類、花瓶類、葉茶壺(つぼ)、小壺類、台子(だいす)、風炉(ふろ)、囲炉裏(いろり)類、天目茶碗(てんもくぢゃわん)、香炉(こうろ)類、座席に分類して、種類、扱いなどを記す。 ...
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★窯変(ようへん) http://p.tl/7tXl
製陶用語。窯(かま)の中における特異な焼成変化のこと。とくに釉薬(ゆうやく)の変色をいう。... 天目茶碗(てんもくぢゃわん)の窯変である兎毫斑(とごうはん)(禾目(のぎめ))、油滴(ゆてき)天目、曜変(ようへん)天目などがよく知られている。 ...
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★四つ頭の茶会(よつがしらのちゃかい) http://p.tl/pxMR
京都建仁(けんにん)寺において開山栄西(えいさい)禅師の誕生忌(4月20日)に催される茶会。禅院茶礼の伝統を今日に伝えるものとされる。四つ頭は四主頭(ししゆちよう)の意で、4人の正客(しょうきゃく)(主位、賓位(ひんい)、正対位、賓対位)が対座する禅院斎宴の着席法である。... ついで、抹茶の入った天目茶碗(てんもくぢゃわん)が客に配られ、供給(くきゆう)僧が浄瓶(じんびん)を提げて、正客から順に茶碗に湯をついで茶を点(た)てる。 ...
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