2012年11月11日日曜日

●着物の豆知識   マイ日本でのコメント

●着物の豆知識   マイ日本でのコメント
履物師とでも言った方が良いと思うのでそう言わせて貰います。
京都の靴屋さんで野島孝介さんが面白いことを行っています。
巻末に転載させて貰いました。
履物師が日本古来の履き物草履、わらじ、下駄――を左右の足の形を一緒にして長い間 左右の区別せずに使う人も作る人も考えていたロアになんとも無いようにして来た。
彼からすると謎だと言う事です。
素人も私らでは言われるまで気が付かない。
単に不便なもの・良くないものがいつまでも長く愛用されてきたのには何らかの理由があると。
 
ヤハリ日本人て素晴らしいんだろうと思う。
 
  
2012年11月11日11:01
 1: ㍉一部だけ子
 着物はいいですよね~♪
仕事で着る機会も多かったのですけど、
ここ最近はとんと着ることも無くなってしまいましたわ。
着物と言えば割烹着、袖まであるので家事もしやすいし冬は暖かい。
着物が普段着でも支障ないのですけどね。
 
 
2012年11月11日11:19
 2: 銀太
 >それしか無かったと言われれば何も言えないけど。
>選択肢が有るのも人はどうだろう。
>現代はうつが多くなっていてモット増えるだろうと予想されている。
>人は縛られて良いことも多いのでは無かろうか。
 
サルトルの「人間は自由の刑に処せられている」という言葉を思い出しますね。
 
 
2012年11月11日11:39
 3: 滝山一揆
 そういや、小生が小学生や、幼稚園の頃は入学式や卒園式、授業参観に訪問着を着用されたご母堂様をよく見かけましたが、中学校に入ったあたりから急激にその数を減らし、高校入学卒業時には本当に見かけなくなりました。
大学卒業の時も母親で訪問着を着ている人が珍しく、私が母に頼んで訪問着を着てきてもらったら写真を撮っている人がいたくらいでした。
時代の変遷とは言え、特定の仕事着以外では着物を着用する機会が自然に消滅していったことはやはり残念でなりません。
 
 
2012年11月11日11:44
 4: 滝山一揆
 >>3 滝山一揆さん
補足です。
多分、オカマが着物を着ていたと思われ写真を撮られたのだと思います。
昭和15年生まれの女性で身長が170cmを超えるような化物はそうそういません。160cmを超えているのですら珍しいのに・・・
母に訪問着でくるように頼んだのはタンスの肥やしにもたまには日の光を当ててやらないといけないだろうというだけの気持ちでした。
 
 
2012年11月11日12:56
 5: 志葉楽(シバラク)
 コメントありがとう
 
ミクシーでこんなコメントがありました。
学校でなぜ着付けの授業をしないのかと。
学校内の事を調べたこと無いけど現在の学校はどうなのかな。
その方は 着物一枚高く付くからどうしても遠ざかるのではないかなと。
もう一つ彼女はアメリカに住んでいて子供に浴衣を着せるのに
仕立てから習い初めて着物の大切さを知ったと。
日本には着物が大切なのを外国にいるから見に染みたとも。
着物は大切にしたい。
ネットの呉服屋さんを沢山有ったでしょ。
余裕があったら買って上げて下さい。
日本の文化の為にも。
 
余計な話で。
 
 
ありがとう
 
 
2012年11月11日16:18
 6: ebi
 私の娘はとても体格が良くて、身長が173cm有ります。
それだけならモデル体型なのですが、兎に角小さい頃から大きかったので
(横幅も)自分が大きいという事が嫌だったみたいでした。
・・・周りの人より頭一つ飛び出して大きかった事もあって、知らない人にまで
酷い言葉を・・・。
やはり、身体の大きい人は気が小さいのか、いつもそうでした。
一人暮らしでかなり痩せてしまいました。
服のサイズが変わってしまい家に帰るたびに服を新調しなければ
間に合いません。
再来年成人式を迎えるのに、着物は着たくないと言っている心の内は・・・。
親としては着せてあげたいのですが・・・。
自分も親に着せて貰ったように娘にも着物を着せてあげたいと思います。
 
 
2012年11月11日16:35
 7: 木花咲耶
 着物の最大の難点は、洗濯機で洗えず干すにも洋服の4倍の場所を必要とすることです。
畳むにも広い場所を必要とします。
畳み方が悪いと変な場所に畳みじわが出来て着た時に不恰好になります。
毎回クリーニングに出すとしても高額です。
一度着た着物を一時的に置いておくにも、広い場所が必要です。
現代の住宅事情に全く合致していませんので、着物を楽しみたいならお金持ちになって膨大なクリーニング代を気にしない身分になるか、田舎の広い家に住むかのどちらかになるでしょう。
 
日本文化を推奨されるなら、まず洋式の住宅に心酔する日本人をなんとかすべきです。
日本の建築様式で建てられた家の方が景観的にも美しく、古来の生活スタイルには合っています。
ハウスメーカーの、景観を気にしない安っぽい洋式建売住宅の乱建築を止めなければ、着物をどれほど推奨しても、生活し辛すぎて普及しないと思います。
着物を干せる裏庭、桶を置いて洗える洗濯場、広げて畳める和室、和箪笥を置いても違和感の無い部屋、そしてそれらを行う時間の余裕・・・。
 
私は洋式の家に住んでいた頃は全てクリーニングでしたが、京都で純和風建築の町屋に住み始めてからはたまに着物を着れるようになりました。
忙しいので頻繁にではありませんが。
 
マンションの物干し竿の高さでは着物は干せませんし、一戸建てでも袖が完全に横に広げられる専用のハンガーを掛けられる広いもの干し場が無ければ干せません。
一着だけなら物干し竿を直接袖に通して干すことも出来ますが、着物を着れば必ず肌着と長襦袢も付随しますので、一着だけと言うことはあり得ません。
 
これから家を建てる人は、昔ながらの、庭があって縁側があって勝手口があって裏庭のある、日本建築にすべき。
延べ床面積に拘って庭を疎かに考えると、本当に窮屈で住みづらい家しか作れません。
そういう狭苦しい近代建築の家は30年で完全に無価値になります。
日本建築は日本にとって、景観資源としても重要です。
 
 
2012年11月11日17:30
 8: levi
 こんにちは
 
しかし今の日本人からすると着物はもはや特別なときにしか着ない
「民族衣装」に成り果ててるんですよね(いや伝統的な民族衣装ですけど)
木花咲耶さんは伝統的な日本家屋の復活を、と仰っていますね
しかし経済的な事情でそう言う大きな家に(たとえローンで買ったり、寧ろ借家でも)
住むのが難しい人達もいると思うんです。
 
そこで、私が考えた(見つけた)のはPOP和服と言うものです!
こちら↓が売り出しているようなものです
http://www.sousou.co.jp/
ざっくり略してまとめて言うと、洋服と和服を融合した新しい日本の
(和服の?)ファッションと言う事です
 
確かにこちらの皆さんは伝統や様式美を意識してる方が多そうなので
こう言うのはあまり理解できなかったりする人も多いかもしれません
ですが、和服と言うのもその時代ごとに変わってきたものに思います。
極端な例を挙げると、平安貴族の十二単と、江戸時代の町娘が着る着物は
もっと極端だと縄文時代や弥生時代の装束と、江戸時代の着物は
同じ和服でもだいぶ違いますよね?(縄文も日本史に入りますよね?)
 
なのでアマゾンなどで売られてる作務衣をルームウェア代わりにするのも
良いですし、sousouさんみたいなブランドやそう言う服が増えれば
着物もハードルが低くなり、日本人にさらに身近になるのでは無いかな?
と思っておりますが、皆さんはどうでしょうかね?
 
 
2012年11月11日18:50
 9: 木花咲耶
 >>8 leviさん
そのとおりですね。
室町時代~安土桃山時代と江戸時代でも全然違いますもんね~。
それに田舎では着物のスタイルも全然違っていました。
作業しやすいように一重の簡単なものだったり。
 
今の着物の形は、江戸様式、ということですね。
 
時代に合わせて変化していかなければ、今の日本の生活様式で完全な和装を目指すのは不可能であり、日本人にとって着物を着ることが特別なイベントのようになってしまっているのが現実です。
着物に対する感覚がまるで外国人の観光客のように「珍しいもの」「特別なもの」になった時点で、自分達の文化とはいいにくい、既に終了した文化形態であると言えるのです。
 
私たちは和装が本来の正装であったはずですし、やはり一番似合うのは和装ではないかと思います。
日本人が完全に忘れ去ってしまうことの無いように、今の日本人に似合う着物を考案していくことも必要だと思います。
 
身長が伸びていますので、従来の図案では間が抜けたような感じになってしまう着物も多いですし。


2012年11月11日19:06
 10: 木花咲耶
 追記です。

私としては、生活様式に合わせた変化と言っても、着物風洋服では意味がなく、あくまでも和装と言うならば和服を基本にしたほうがいいと思っています。

着物風洋服は、ジャポネスクの時代に西洋でも結構作られましたからね。

昔は普段着用の木綿の着物も多かったですし、スワトーなど輸入品の生地から作られた着物も多くあり珍重されていましたので、今より「○○織の絹でなければ!」と言うようなしがらみも無く、もっと自由であったと思います。
だから庶民でも着続けることが出来たのですし。

見た目を洋風に変えてしまうのではなく、着物は着物の美しさを維持したままで、上下を分割する、足裁きをもう少しよくする、草履の構造をもう少し工夫するなどの細かな工夫を「邪道」「手抜き」と言わず取り入れていくことが大事なのではと思います。
美しくなければ着物文化を復活させようとする意味が無いですし。


2012年11月11日20:53
 11: levi
 >>10 木花咲耶さん
>細かな工夫を「邪道」「手抜き」と言わず取り入れていくことが大事

こちらのsousouさん↓はまさにそれだと思ってたんですが
http://www.sousou.co.jp/
それはあなたの仰る「着物風洋服」になってしまうんでしょうかね?

かつての日本はいろんな国の文化を貪欲に取り込み今の文化が出来上がりました
隋や唐及びそこを伝って渡って来た文化を取り入れていきましたよね
(そりゃ江戸時代は鎖国していましたが)
着物風洋服でも伝統と新しいモードを取り入れた庶民の新しい文化
とは行かないものなのでしょうか?

>草履の構造をもう少し工夫するなどの細かな工夫
なんですが、日本の履物をモチーフに革靴をつくる靴屋さんが京都にあるみたいですよ?
http://kikkabo.jp/

どうか是非、木花様及び皆様これらのHPを一度お目通し頂けないでしょうか?
私としては結構お勧めなので是非ともよろしくお願いします!


対話4 野島孝介の対話 一部転載 http://kikkabo.jp/
 
—日本の“履き物”には謎が多い?
 
ただし、この歴史は、あくまでも西洋の靴の歴史です。日本に西洋式の靴が持ち込まれるのは江戸時代末期~明治時代初期にかけてのことですから、それ以前の日本で“履き物”といえば、草履、わらじ、下駄などのことでした。
 
 
さて、日本古来の履き物には、靴を作る側の視点で見ると不思議な点がいくつかあります。たとえば、前述の草履、わらじ、下駄――、これらには、左右の区別がありません。左右の足の形を考えれば、履き物のほうも左右を区別して設計したほうが履き心地も良いと考えるのが妥当でしょう。それなのに、です。
 
 
日本人は元来、ものづくりにかけては器用で気遣いの細やかな民族です。それなのに、私たちの先祖は、どうしてこの不便な履き物に甘んじてきたのでしょう?この問題に関しては、さまざまな説もあるようですが、真相は闇の中。先祖に直接訊ねることができない以上、真実は、今や誰にもわかりません。
 
 
-モノには“人の歴史”が宿っている
 
ただし、単に不便なもの・良くないものがいつまでも長く愛用されるはずもありません。「草履、わらじ、下駄」が、あの形状を保ったまま長く作り継がれたことにも、おそらくは日本固有の理由があるのでしょう。そこに宿っているものは、日本人の生活や文化の歴史と言い換えても、決して大げさではありません。
 
 
長い年月、人の手をわたって使い継がれてきたものには、人の文化と歴史が宿ります。現代は、こうした文化や歴史も国境を越えて運ばれる時代。私たちが広い世界、数多くある異文化に接してみればみるほど、改めて“自国の文化や歴史の価値に気付く、見直す”という気持ちも湧いてくるものです。

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